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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)467号 判決

原告

井上清

被告

竹本滋

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告代理人は、「(一)被告らは、各自、原告に対し、金四二五一万八五二七円及びうち金三九五一万八五二七円に対する昭和五七年二月五日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

一  原告代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五四年一月二九日午後一〇時三〇分ころ

(二) 場所 兵庫県西宮市郷免町一番一〇号先交差点(国道二号線)(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(泉五五え三七七七号。以下「被告車」という。)

右運転者 被告竹本滋(以下「被告竹本」という。)

(四) 被害者 原告

(五) 態様 原告が自転車に乗つて本件交差点を対面青信号に従つて南から北へ横断中、制限速度を超過し、高速度で赤信号を無視して西から東に走行してきた被告車に衝突された。

2  責任原因

(一) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告竹本は、信号機により交通整理の行われている本件交差点に進入するにあたり、当時対面信号機が赤色を表示していたのであるから、前側方の安全を確認し、信号機に従つて速度を調節し、徐行・一時停止措置を講じるべき注意義務があるのにこれを怠り、前側方の安全を確認せず、赤信号を無視し、徐行・一時停止措置もとらずに高速度で右交差点に進入した過失がある。

(二) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告日本城タクシー株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

3  損害

(一) 受傷、治療経過

(1) 受傷

原告は、本件事故により、頭蓋骨骨折、脳挫傷(脳挫滅)、右硬膜外及び硬膜下出血、左大腿骨骨折の傷害を受けた。

(2) 治療経過

(イ) 兵庫県立西宮病院救急医療センター

昭和五四年一月二九日から同年六月一日まで(一二四日間)及び同五五年四月一〇日から同月一九日まで(一〇日間)各入院し、同五四年六月二日から同五五年一一月一〇日まで(実日数三九日間)通院した。

(ロ) 山戸外科病院

昭和五四年九月二七日から同年一二月二七日まで(実日数二八日間)通院した。

(3) 後遺症

(イ) 記憶・思考力障害、労働能力低下(日常生活を大幅に制限されている。付添を要する状態。手先の細かい運動不能)、脳挫傷により人工骨を余命期間挿入、治療投薬常用。

頭痛、耳鳴、嗅覚及び味覚脱失、情緒不安定。

(ロ) 歩容異常、歩行困難、跛行、左股関節用廃、左膝及び右足関節機能障害、左右肩関節機能障害。

原告は、本件事故による傷害に基づき、右記症状を呈する後遺症を負つたもので、全人格的神経精神活動が著しく低下して幼児程度となり、味覚・嗅覚機能を喪失し、行動も手先の運動も概ね不可能で、歩行も跛行異常で平坦な道をやつと歩けるだけであり、外出時には常時、また、日常活動においても、衣服、食事、洗面その他一切のことについて付添を必要とする。

右後遺症は、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)では五級と認定されたが、実質的に用廃に等しく、就労可能期間中、全く就労が不可能な程度のものである。右後遺症の症状は一旦昭和五五年一一月一〇日に固定した旨診断されたが、同五八年一月二一日に再度固定と診断された。

(二) 療養費

(1) 入院費等 三万九二〇〇円

原告は、前記治療期間中の治療費として、三万九二〇〇円を要した。

(2) 入院雑費 一二万四〇〇〇円

原告は、一二四日間の入院期間中、一日当り一〇〇〇円、計一二万四〇〇〇円の入院雑費を要した。

(3) 付添費用 七七五万二八五〇円

原告は脳挫傷のため、将来にわたつて付添看護を要する状態であるところ、入院日(昭和五四年一月二九日)から症状固定日(同五五年一一月一〇日)まで(六五一日間)は一日当り三〇〇〇円、症状固定後は平均余命一八・九四年のところ控え目に見て一〇年間、一日当り二〇〇〇円の各付添費用を要する(なお、症状固定後の分については年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除した時価を請求する。)。

(算式)

〈1〉三〇〇〇円×六五一=一九五万三〇〇〇円

〈2〉二〇〇〇円×三六五×七・九四五=五七九万九八五〇円

〈1〉と〈2〉の合計七七五万二八五〇円

(三) 得べかりし利益

(1) 休業損害 三七四万六五三七円

原告は、本件事故当時、株式会社協和銀行尼崎支店に嘱託として勤務していたものであるが、前記事故日から昭和五五年一一月一〇日までの治療期間中、全く就労できなかつた。

したがつて、原告は、右期間中(一年九か月一一日間)、昭和五四年賃金センサス第一巻第一表産業計男子労働者学歴計五五歳ないし五九歳の月額平均賃金二六万四二〇〇円の得べかりし利益を失つた。

しかし、原告は、本件事故日から昭和五四年一二月までの間、株式会社協和銀行尼崎支店から、給与、賞与及び退職金として計一八九万八五三六円の支払いを受けた。

よつて、原告が本件事故により右治療期間中に喪失した得べかりし収入額は、計三七四万六五三七円となる。

(算式)

二六万四二〇〇×(一一/三〇+二一)-一八九万八五三六円=三七四万六五三七円

(2) 後遺症による逸失利益二五〇七万四八九三円

原告は、本件事故に遭わなければ症状固定時(当時五八歳)以後、就労可能な九年間にわたり、その間少くとも一年間につき昭和五五年賃金センサス第一巻第一表産業計男子労働者学歴計五五歳ないし五九歳の年平均賃金三四四万五三〇〇円の収入を得べかりしものであつたところ、本件事故による前記傷害の後遺症によつて、症状固定時である昭和五五年一一月一〇日から九年間にわたり、一〇〇パーセントの割合で労働能力を喪失したので、原告の後遺症による逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して症状固定時の時価を求めると、二五〇七万四八九三円となる。

(算式)

三四四万五三〇〇円×一・〇〇×七・二七八=二五〇七万四八九三円

(四) 慰藉料

(1) 入通院慰藉料 二五〇万円

原告は、前記のような生死をさまよう重傷を負い、その治療期間も延べ一年九か月一一日にわたつた。右傷害の程度及び治療期間を考慮すると、慰藉料額は二五〇万円を下らない。

(2) 後遺症慰藉料 一五〇〇万円

原告は、前記後遺症により、人間としての全ての機能を喪失したと殆ど同様の状態に陥つた。しかも、原告の一人娘は婚約中であつたが、本件事故で重傷を負つた原告を放置できず、結婚を断念して看護に従事せざるをえなくなつたし、原告の妻も高齢で、一人で原告の看護をするのが身体的に困難となつた。このような原告及びその家族の苦痛は計り知れず、原告が死亡したより遙かに悲惨な精神的損害を被つたものというべきである。また、被告らは今日に至るまで原告らに対し治療費等の弁償を全くしていない。

以上の諸事情を考慮すると、原告の右記後遺症による精神的損害を慰藉するには、少なくとも一五〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 三〇〇万円

(六) 損害の填補

原告は、本件事故に関し、自賠責保険から、後遺障害補償として計一一七九万円、後遺障害補償以外の保険金として七四万七五〇〇円を受領したので、後遺障害補償については後遺障害補償金、その余の保険金は、その余の損害金として充当する。

4  よつて、本件損害賠償として、原告は、被告らを各自に対し、右3の(二)ないし(五)の損害合計額から、同(六)の填補額を控除した残額四四六九万九九八〇円のうち四二五一万八五二七円及び弁護士費用を除く三九五一万八五二七円に対する本件事故の後である昭和五七年二月五日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告ら代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1の(一)ないし(四)記載の事実はいずれも認める。

同(五)記載の事実のうち、本件交差点において原告運転の自転車と被告車との間に衝突事故が発生した事実は認め、その余は否認する。

本件事故の態様は、原告が本件交差点を横断するにあたり、対面信号機が赤色を表示していたのにこれを無視して横断し、これに対して、青信号に従つて東進してきた被告車が衝突したものである。

2  請求の原因2の(一)記載の点は争う。本件事故の原因は、右1のとおり、原告が赤信号を無視して横断したことによるものである。

3  請求の原因2の(二)記載の事実は認める。

4  請求の原因3の(一)の(1)及び(2)記載の事実は知らない。

5  請求の原因3の(一)の(3)記載の事実中、原告が自賠責保険で併合等級で五級の後遺症認定を受けた事実は認め、その余は否認する。

6  請求の原因3の(二)ないし(五)記載の点は、いずれも争う。

7  請求の原因3の(六)記載の事実は認める。

三  被告ら代理人は、抗弁として、次のとおり述べた。

1  免責

本件事故は、原告の一方的過失によつて発生したもので、被告竹本及び被告会社には何らの過失もなく、かつ、被告車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたから、被告らには損害賠償責任がない。

すなわち、原告は、信号機により交通整理の行われている本件交差点を自転車に乗つて南から北へ横断通過するに際し、対面信号機が赤色を表示していたのであるから、これに従つて横断を始めてはならない注意義務を負つていたにもかかわらずこれを怠り、漫然赤信号を無視して進行した過失があり、他方、被告竹本は、本件交差点の手前西側約一〇〇メートルの地点から対面信号機が青色であることを確認し、これに従つて東行直進したもので過失はない。

2  過失相殺

仮に、被告竹本に何らかの過失があり、また、被告らの免責の抗弁が認められないとしても、本件事故の発生については、原告にも右1で記載したような重大な過失があり、これに比して被告竹本の過失は極めて僅少であるから、損害賠償額の算定にあつては、十分な過失相殺がなされるべきである。

3  損害の填補

原告は、本件事故による損害の填補として、請求の原因3の(六)記載のほか、自賠責保険から後遺障害補償以外の保険金として四〇万五四一〇円の支払いを受けた。

四  原告代理人は、右抗弁に対して、次のとおり述べた。

1  抗弁1の記載中、原告に過失があるという点及び被告らに過失がないという点はいずれも争う。被告車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたという点は知らない。

2  抗弁2記載の点は争う。

3  抗弁3記載の事実は知らない。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生について

請求の原因1の(一)ないし(四)記載の各事実は、当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、成立に争いのない乙第一号証の三ないし八、一一、一二、一五ないし二〇、被告竹本及び原告(ただし、後記措信しない部分を除く。)各本人の尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、兵庫県西宮市内をほぼ東西に通じる国道二号線と、これを横切つて南北に通じる市道とが交わる本件交差点内北側の車道上であること、本件交差点は信号機により交通整理が行われていること、現場付近の道路状況は、別紙図面のとおりであり、国道二号線は平坦で歩車道の区別のあるアスフアルト舗装道路であり車道は、同図面のとおり中央分離帯により北側東行車線と南側西行車線(各二車線ずつ)に分けられ、最高速度が時速四〇キロメートルに規制されていること、本件交差点西側には幅四・〇メートルの横断歩道が設けられていること、本件事故当時の現場付近は、かなりの降雨のため路面は湿つており、視界もあまりよくなかつたが、右記横断歩道は本件交差点の約一〇〇メートル手前西側から発見可能であつたこと、及び、当時の東行車線の交通量は比較的多かつたこと。

2  被告竹本は、被告車を運転して国道二号線を時速約六〇ないし六五キロメートルで東進し、本件交差点の西側約一〇〇メートル手前の地点で同交差点の対面信号機を見たが、その時、同信号機は青色を表示していたこと、同人は、そのまま同交差点を直進通過できるものと考え、右速度で進行したが、同交差点の西側横断歩道の手前約二四メートル西側の地点で初めて原告の乗つた自転車を発見したこと、そのとき、原告は、被告の右斜め前方約三五・三メートルの地点にあり、片手で傘をさしたまま自転車を運転して本件交差点内を南から北へ横断進行中で、被告車の進路前方を横切ろうとしていたこと、被告竹本はとつさに危険を感じて急ブレーキをかけたが間に合わず、被告車の右前部を右自転車の左側面に衝突させさらに約七・九メートル東側まで滑走して停止したこと、また、被告車の約二〇メートル後方の同車と同一方向にタクシーを運転して進行していた訴外小林末義は、本件交差点の約一〇〇ないし一五〇メートル西側の地点で同交差点の中央分離帯付近を南から北へ傘をさして進んでいく自転車を右前方に目撃し、危険を避けるため停止措置をとつたこと、このとき小林車の対面信号機は青色であつたこと、及び、右小林は、自分がブレーキを踏むのに引き続いて被告車の後部ブレーキ灯が点灯するのを見たが、その直後自転車に乗つた人が被告車の上の方に飛び上がるのを見、被告車が右自転車に衝突したのを知つたこと。

3  原告は、勤務先からの帰途、雨天のため片手で傘をさしたまま自転車を運転して前記市道を北行し、本件交差点に差しかかつたところ、対面信号機が黄色を示しているのを見たが、国道二号線の道幅もさほど広くないので、十分渡りきれるものと考え、本件交差点のやや中央寄りを、自転車に乗つたまま、ゆつくりと北へ進行していつたが、交差点の北側横断歩道の南側約三・〇メートルの地点に達した時、東進してきた被告車に左側から衝突され、被告は約一・六メートル南側、自転車は約四・七メートル南側まで飛ばされ転倒したこと。

4  事故発生後、現場には別紙図面のとおり国道二号線の方向にほぼ平行に被告車のものと認められる三条のスリツプ痕が残存していたこと、それらの長さは、北側のものから順に六・四メートル、二七・五メートル、二七・二メートルであり、それぞれ順に被告車の左後輪、左前輪及び右前輪の痕跡と認められること。

以上の事実が認められる。

もつとも、成立に争いのない乙第一号証の一二及び原告本人の尋問の結果中には、原告が本件交差点に進入した際、対面信号機が青信号を示しており、原告は、これに従つて本件交差点を横断した旨の、また、成立に争いのない乙第一号証の二には、原告は、対面信号機が赤信号で本件交差点に進入した旨の、いずれも右認定に反する部分があるが、これらはいずれも成立に争いのない乙第一号証の一六、一七の原告本人の供述部分及び成立に争いのない乙第一号証の四、五、一一、一二、一八ないし二〇、並びに被告竹本本人の尋問の結果に照らし、にわかに信用できないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二  責任原因について

1  一般不法行為責任(民法七〇九条)

前記一で認定した事実によると、被告竹本は被告車を運転して本件交差点を直進通過するにあたり、対面青信号に従つて進行したことが認められるけれども、他方、現場付近の国道二号線は最高速度が時速四〇キロメートルに規制されており、本件交差点には横断歩道が設置されていたのであるから、被告竹本は、本件交差点に進入するにあたり右最高速度を遵守し、進路前側方を注視して安全を確認しつつ進行すべき注意義務を負つていたものといわなければならない。しかるに、同被告は右注意義務に違反し、制限最高速度を超過する時速約六〇ないし六五キロメートルの速度で進路前側方の注視・安全確認を欠いたまま本件交差点に進入した過失があるものといわなければならない。

したがつて、被告竹本には、民法七〇九条により、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償する責任がある。

2  運行供用者責任(自賠法三条)

被告会社が被告車を所有して、自己のために運行の用に供していた事実は当事者間に争いがない。したがつて、被告会社は、自賠法三条により、同条但書所定の免責の抗弁が認められない限り、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償する責任があるところ、被告の免責の抗弁については、被告竹本に前記1で認定したとおりの過失の認められる本件においては、その余の判断をするまでもなく、右免責の抗弁は、これを認めるに由ない。

したがつて、被告会社には、自賠法三条本文により、本件事故によつて原告が被つた損害(物損を除く。)を賠償する責任がある。

三  損害について

1  受傷、治療経過等

(一)  受傷

成立に争いのない甲第二号証、第三号証の一、第四号証の一、第一二号証の一によると、請求の原因3の(一)の(1)(受傷)記載の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  治療経過

前記甲第二号証、第三号証の一、第四号証の一、第一二号証の一、成立に争いのない甲第五号証の一、第一一号証の一によると、請求の原因3の(一)の(2)(治療経過)記載の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  後遺症

成立に争いのない甲第六号証、第七号証、第九号証、第一三号証、第一四号証、第一八号証の一、第一九号証、乙第二号証の一ないし八、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一七号証の四、六、前記甲第八号証の二、証人笹生幹夫及び同井上美代子の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 原告は、前記(一)(受傷)で認定した受傷に基づき、精神神経の障害及び左上下肢運動障害の後遺症を負つたこと、それは具体的には、自覚症状として〈1〉頭痛、耳鳴り、〈2〉嗅覚、味覚異常、〈3〉左上下肢運動障害、〈4〉記憶、思考力障害等があり、他覚的所見として〈1〉脳萎縮が進行しており、〈2〉脳波が全般的な機能低下像を示す。との後遺障害であること、また、原告の入院中、同人には右肩鎖関節の脱臼に基づく運動障害があることが発見されたこと。

(2) 前記(二)(治療経過)で認定した兵庫県立西宮病院救急医療センターでの治療期間中、原告の治療を全般的に担当した笹生幹夫医師の所見では、原告の思考力及び判断力は社会復帰できるような段階にはなく、知能も幼稚園児以下または老年性痴呆の人と類似の程度であり、労働能力については、将来の就労の可能性は全くないとまではいえないが、思い浮かぶような軽作業はすべて無理だと思う、と診断されていること。

(3) 日常生活については、原告は、西宮病院退院のころは、食事のスプーンを自分で持つことができたこと、退院後は、坐つて字を書くこと、室内及び自宅の近辺を歩く程度のことはできるが、外出時は付添人がいないと安全に歩けないこと、及び、通院にも妻と娘とが必ず付添をしていること。

(4) 右後遺症の症状固定の時期については、脳外傷に基づく後遺症につき、笹生医師は昭和五五年三月二一日に固定したとの所見を有していたが、肩関節の機能障害の固定を待ち、同年一一月一〇日に、精神神経の障害、左上下股の運動障害及び肩関節の機能障害を併せて症状固定の診断がなされたこと、その後、原告はさらに継続して兵庫県立西宮病院救急医療センター及び同耳鼻咽喉科に通院し、その結果、同五八年一月二一日及び同月二八日に、同五五年のそれとほぼ同じ内容の、症状の改善ないし回復は期待できない旨の診断を受けたこと。

(5) 自賠責保険の関係では、原告の後遺症は、まず昭和五五年九月の後遺障害保険金の請求の際は、大脳半球損傷による左不全麻痺と左大腿骨骨折の二つの原因により左下肢の三関節に著しい機能障害が認められるとして、総合判断により自賠法施行令別表第七級四号相当と認められるとされ、のち同五六年四月の再請求の際は、左下肢の三大関節の著しい機能障害が八級相当、精神神経の障害が九級一〇号該当として、併合七級と判断され、最終的に同五八年三月の追加保険金請求の際、左下股関節の著しい機能障害が八級相当、精神神経の障害は七級四号該当として、併合五級と判断されたこと(なお、最終的に併合五級と判断されたことは、当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  療養費

(一)  入院費等 三万六七〇〇円

成立に争いのない甲第三号証の二、第四号証の二、第五号証の二によると、原告は、本件事故に基づく昭和五五年一〇月三一日までの入通院治療費として、三万六七〇〇円の損害を受けた事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  入院雑費 一二万四〇〇〇円

前記1の(二)(治療経過)で認定したとおり、原告は、本件事故により、計一三四日間入院したものであるところ、このうち原告の請求する一二四日間の入院期間中、経験則上一日につき少くとも一〇〇〇円の入院雑費を要したものと認められるから、原告は、入院雑費として一二万四〇〇〇円の損害を受けた事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  付添費用

(1) 入院期間中の分 四〇万二〇〇〇円

証人笹生幹夫及び同井上美代子の各証言によると、原告は、前記1の(二)(治療経過)で認定した一三四日間の入院期間中、近親者の付添看護を要したことが認められ、その間、経験則上一日につき少くとも三〇〇〇円の付添費用を要したことが認められるから、原告は、右期間中の付添費用として四〇万二〇〇〇円の損害を受けた事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(算式)

三〇〇〇円×一三四=四〇万二〇〇〇円

(2) 通院期間中(症状固定日まで)の分 一〇三万六〇〇〇円

成立に争いのない甲第八号証の一、証人笹生幹夫の証言により真正に成立したものと認める甲第八号証の二及び右証言を総合すると、原告は、前記1の(二)(治療経過)で認定した五一八日間(昭和五四年六月二日から同五五年四月九日まで及び同年四月二〇日から一一月一〇日まで)の通院期間中、自宅での付添看護を要したと認めるのが相当であり、その間、経験則上一日につき少くとも二〇〇〇円の付添費用を要したと認められるから、原告は、右期間中の付添費用として一〇三万六〇〇〇円の損害を受けた事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(算式)

二〇〇〇円×五一八=一〇三万六〇〇〇円

(3) 症状固定後の分 五九五万一三七八円

前記1の(三)(後遺症)で認定した原告の後遺症の部位、程度に、前記甲第八号証の一、二、証人笹生幹夫及び同井上美代子の各証言を併せ考えると、原告は、症状固定後、少くとも九年間にわたつて付添看護を要することが認められ、経験則上、右期間中、一日につき少くとも二〇〇〇円の割合による付添費用を要するものと認めるのが相当であるから、原告の症状固定後の付添費用を算定すると(ただし、本訴の弁論終結時であること記録に徴し明らかな昭和五八年七月一四日の翌日である同月一五日以降の分については、年五分の割合による中間利息を年別のホフマン式により控除して弁論終結時当時の時価を求めることとする。)、五九五万一三七八円となる。

(算式)

(1) 昭和五五年一一月一一日から同五八年七月一四日まで(九七六日間)の分

二〇〇〇円×九七六=一九五万二〇〇〇円

(2) 昭和五八年七月一五日から同六四年末日(六年と一七〇日間)の分

(六年と一七〇日間のホフマン係数)

五・一三三六+(五・八七四三-五・一三三六)×(一七〇/三六五)=五・四七八六

(ただし、小数点五位以下は四捨五入。)

(求めるべき付添費用)

二〇〇〇円×三六五×五・四七八六=三九九万九三七八円

(3) 右(1)及び(2)の付添費用の合計額

五九五万一三七八円

3  得べかりし利益

(一)  休業損害 三三三万六八五〇円

成立に争いのない甲第一〇号証の一、同号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一〇号証の二及び証人井上美代子の証言を総合すると、原告は、本件事故当時、株式会社協和銀行尼崎支店に嘱託として勤務し、本件事故に遭わなければ昭和五六年一二月一四日に六〇歳となつて定年退職するまで勤務するはずであつたところ、本件事故による受傷のため、休業せざるをえなくなり、同五四年一二月一四日退職を余儀なくされ、したがつて、本件事故により、同年一月三〇日から症状固定日である同五五年一一月一〇日まで六五一日間休業を余儀なくされたこと、原告は、本件事故の前の同五三年一月一日から同年一二月三一日までの一年間に二七八万三九二九円の収入を得たもので、本件事故に遭わず右退職もしなかつたとすれば、同五四年一月一日から同年一二月三一日までの一年間に二八八万六〇〇〇円、同五五年一月一日から同年一二月三一日までの一年間に二九八万八〇〇〇円、同五六年一月一日から同年一二月三一日までの一年間に三〇五万六〇〇〇円の各収入を得られたであろうことがそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

他方、成立に争いのない乙第三号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一六号証の一、二によると、株式会社協和銀行尼崎支店は、原告に対し、本件事故の日から昭和五四年一二月までの間、給与、賞与及び退職金として計一八九万八五三六円を支払つた事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、原告は、本件事故により、右休業期間中の得べかりし収入五二三万五三八六円から、右現実の支払を受けた一八九万八五三六円を控除した三三三万六八五〇円の休業損害を受けたことが認められる。

(算式)

(1) 昭和五四年一月三〇日から同年一二月三一日まで(三三六日間)の休業損害

二八八万六〇〇〇円×(三三六/三六五)=二六五万六七〇一円(円未満四捨五入。以下同じ。)

(2) 同五五年一月一日から同年一一月一〇日まで(三一五日間)の休業損害

二九八万八〇〇〇円×(三一五/三六五)=二五七万八六八五円

(3) 右(1)及び(2)の合計額から給与等の支払分を控除した休業損害額

二六五万六七〇一円+二五七万八六八五円-一八九万八五三六円=三三三万六八五〇円

(二)  後遺症による逸失利益 一一一五万三一九二円

右(一)(休業損害)で認定したとおり、原告の得べかりし収入は昭和五五年一月一日から同年一二月三一日までの一年間に二九八万八〇〇〇円、同五六年一月一日から同年一二月三一日までの一年間に三〇五万六〇〇〇円であることが認められ、右1の(三)(後遺症)で認定した原告の本件事故により被つた後遺症の内容、程度その他諸般の事情を考慮すると、原告は、右後遺症のため、症状固定日である昭和五五年一一月一〇日から少くとも九年間にわたり、その労働能力を少くとも七九パーセント喪失したものと認めるのが相当であるから、原告の右後遺症に基づく逸失利益を、右認定の各年度の収入額を基準にして算定すると(ただし、原告が本件事故に遭わなかつたとした場合の退職予定日の翌日である昭和五六年一二月一五日以降は、経験則上、少くとも同年の年収額の二分の一にあたる一五二万八〇〇〇円の年収を得られたものと認め、本訴の弁論終結時であること記録に徴し明らかな昭和五八年七月一四日の翌日である同月一五日以降の分については、年五分の割合による中間利息を年別のホフマン式により控除して弁論終結時当時の時価を求めることとする。)、一一一五万三一九二円となる。

(算式)

(1) 昭和五五年一一月一一日から同年一二月三一日まで(五一日間)の分

二九八万八〇〇〇円×(五一/三六五)×〇・七九=三二万九八二六円

(2) 昭和五六年一月一日から同年一二月一四日(本件事故がなかつたとした場合の退職予定日)まで(三四八日間)の分

三〇五万六〇〇〇円×(三四八/三六五)×〇・七九=二三〇万一七九六円

(3) 昭和五六年一二月一五日から同五八年七月一四日まで(五七七日間)の分

一五二万八〇〇〇円×(五七七/三六五)×〇・七九=一九〇万八二四二円

(4) 昭和五八年七月一五日から同六四年末日(六年と一七〇日間)の分

(六年と一七〇日間のホフマン係数)

五・四七八六(前記2の(三)(付添費用)の(3)(症状固定後の分)の(算式)(2)において算出したものである。)

(求めるべき逸失利益)

一五二万八〇〇〇円×〇・七九×五・四七八六=六六一万三三二八円

(5) 右(1)ないし(4)の逸失利益の合計額

一一一五万三一九二円

4  慰藉料 一三〇〇万円

本件事故の態様、原告の受けた傷害の部位、程度、治療経過、後遺症の内容、程度、原告の家庭状況その他諸般の事情を併せ考えると、原告の被つた傷害及び後遺症に基づく精神的苦痛を慰藉するには、一三〇〇万円の慰藉料を認めるのが相当であると認められる。

5  損害額小計

右2ないし4で認定した各損害費目を合計すると、三五〇四万〇一二〇円となる。

四  過失相殺について

前記1(事故の発生について)で認定した事実によると、原告は、自転車を運転して本件交差点に差しかかつた際、対面の北側信号機が黄色を表示しているのを見たのであるから、原告は、右表示に従つて右交差点の横断を開始してはならない注意義務があつたものといわなければならない。しかるに、原告は、右注意義務を怠り、片手に傘をさしたままの姿勢で漫然自転車を運転して右交差点に進入し、横断進行したところ、本件事故に遭遇したものと認められるから、本件事故の発生については、原告にも、対面信号機の黄色の表示に従つて横断を開始してはならない注意義務を怠り、漫然、自転車を運転して本件交差点を横断した重大な過失があるといわなければならない。そして、原告の右過失に、前記二の1(一般不法行為責任)で認定した被告竹本の過失の内容、程度、双方の車種の違い、本件事故の態様その他諸般の事情を併せ考えると、過失相殺として、原告の損害額の六割五分を減ずるのが相当であると認められる。

そして、過失相殺の対象となる損害額は、前記三(損害について)で認定した三五〇四万〇一二〇円であるから、これから六割五分を減じて原告の損害額を算出すると、一二二六万四〇四二円となる。

五  損害の填補について

1  請求の原因3の(六)(損害の填補)記載の事実は、当事者間に争いがない。

また、前記乙第二号証の五、八によると、右のほか被告会社は自賠責保険から加害者請求として四〇万五四一〇円の支払を受けた事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はないから、原告は、被告会社から、本件事故に基づく損害の填補として、四〇万五四一〇円の支払を受けた事実が推認できる。

したがつて、原告は、本件事故に基づく損害の填補として、計一二九四万二九一〇円の支払を受けた事実が認められる。

(算式)

一一七九万円+七四万七五〇〇円+四〇万五四一〇円=一二九四万二九一〇円

2  ところで、前記三(損害について)及び四(過失相殺について)で認定したところによると、原告の損害額合計は一二二六万四〇四二円にとどまるのであるから、原告が本件事故によつて蒙つた損害は、すべて填補されて余りあることになる。

六  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 弓削孟 加藤新太郎 五十嵐常之)

別紙図面

〈省略〉

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